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2026/4/1発行
大田区文化芸術情報紙『ART bee HIVE』は、2019年秋から大田区文化振興協会が新しく発行した、地域の文化・芸術情報を盛り込んだ季刊情報紙です。
「BEE HIVE」とは、ハチの巣の意味。公募で集まった区民記者「みつばち隊」と一緒に、アートな情報を集めて皆様へお届けします!
「+ bee!」では、紙面で紹介しきれなかった情報を掲載していきます。
アートな人:俳優・プロデューサー・監督 松林うららさん+ bee!
東急多摩川線「下丸子駅」前に立つ石黒さん
下丸子をモデルにした丸子商店街を舞台に女子高生・嵐山歩鳥の周りで起きる日常の出来事を描く漫画『それでも町は廻っている』。2005年から2016年まで長期連載され、2010年にはテレビアニメ化されました。現在も新たなファンを生み出し続ける人気作品です。その作者である石黒正数さんにお話を伺いました。
『それでも町は廻っている』(ヤングキングコミック)全16巻
『それでも町は廻っている』誕生のきっかけは、下丸子だとお聞きしています。
「2003年に上京し、2005年まで住んでいました。町を舞台にした日常ものの漫画を前からやりたかったのですが、そこに下丸子の要素を入れようと思ったのはしばらく住んでみてからのタイミングです。いい意味でカルチャーショックを受けました。僕は田舎出身なので、東京にろくなイメージがなかった。東京といったらコンクリートジャングルと犯罪と詐欺と失業・・・そんなイメージでした(笑)。今日も久しぶりに下丸子の町を歩いてみて思ったのですが、上品で穏やかな静かな町じゃないですか。僕の東京観が一変したというか。こんな東京があるんだなと思った。それをそのまま漫画に描こうと思いました。」
下丸子の魅力は何でしょうか。
「ちょっと抽象的ですが、人が住む町だなとすごく感じるんですよ。今、僕は色々あって下町の誰もが知っている街に住んでいるのですが、はっきり言って、そこは人の住むところではないですね。ごちゃごちゃしている中、全てが観光客のためにある。犬の散歩をしようにも観光客の群れをかき分けて河原まで行かなきゃいけない。それに比べて、下丸子は人が住む町だなと思う。だからこそ、漫画のキャラクターを下丸子にそのまま据えることが自然に出来たと思っています。」
下丸子の商店街(下丸子商栄会)にて
『それでも町は廻っている』のテーマについてお話しください。
「コミュニケーションを描きたかった。それはやっぱり下丸子の町にコミュニケーションがあったからそう思ったんです。当時、僕は青果店の2階に住んでいました。1日中お客さんを呼び込む大将の声が聞こえていました。『高知の泥が付いたニンジンが入ったから、これは御御御付けにするといいよ』といった会話をずっとしているんです。そんなお店の上で漫画を描いていました。常に人と人が喋っていて、僕の東京観と違って、いい感じだなと思いました。恐らく僕を含め田舎者が考える東京とは全然違う東京のコミュニケーションが、テーマの一つになります。」
作品に登場する様々な場所は、当時の先生にとって馴染みのある日常の場所だったのですか。例えば、メイド喫茶「シーサイド」のモデルである「アルプス」(現在は閉店)には通われていたのですか。
「そんな足しげく通った訳ではないですが、時々行ってご飯を食べて、ここを舞台にしたらどうかなという思いはありました。もちろん、漫画に描いたようなメイド服は着ていないですが(笑)、おばあちゃんとその息子さんがやっていたお店だったと思います。町の純喫茶という感じですかね。お客さんがいつも入っていたように思います。八百屋さんはやっぱ住んでいましたから、喋ったことはあるし、毎日買い物していました。」
実際は隣町ですが、新田神社も出てきますね。
「僕にとって神社は一言で言うと餅つきするところです(笑)。お正月は神社に町内の人が集まって餅つきして、お餅をもらう。その餅つきに行くのがすごく好きだったし、夏祭りとかを見に行くのも好きだった。東京でもまるで僕の地元の田舎町のように、神社の中でイベントごとの付き合いがあると知りました。」
石黒さんにとって、『それでも町は廻っている』はどんな意味を持つ作品ですか。
「キャラクターを通して、僕が高校生の頃に友達と交わした会話だったり、友達とやらかしたことだったりをそのまま描いています。うちの母が毎日毎日作ってくれたお弁当を思い出せる限り主人公の歩鳥のお弁当として描き込んだり、ほぼ自分の人生の転写みたいな作品です。」
『それでも町は廻っている』は新しい読者さんが次々と生まれてくる。連載が終わって10年たった今も重版を繰り返しています。いつ誰が読んでも共感できる。コミュニケーションの大切さであるとか、普遍的な作品ですよね。
「そう、普遍的ですよね。それ言いたかった(笑)。」
下丸子という町自体も先生にとって特別な存在なのでしょうか。
「それはもう特別です。東京の中の故郷みたいなところです。今日はなんか帰省したような気分ですね。実家はないんですけど(笑)。」
創作するにあたって大切にしている点についてお教えください。
「『それ町(それでも町は廻っている)』でいうと読者さんが作品の中にいる感覚になるように気を付けています。喫茶店のシーサイドのシーンでは、どれだけお客が集まっていても1席空いているんです。読者さんのための席です。そこから見たコマを必ず入れています。常に読者さんが漫画の1カ所に入れるように描いています。」
石黒さんは聖地巡礼の経験はございますか。
「僕は漱石の『三四郎』がむちゃくちゃ好きで、東大へ聖地巡礼に行きました。三四郎がヒロインと偶然を装って出会うために、時間をつぶすためにぐるぐる回った池=三四郎池を見に行きました。それに、熱海の起雲閣。太宰治が一時期、住んで執筆していた場所です。」
今後の予定についてお教えください。
「いろいろ用意はあるんです。『それ町』みたいなものも描きたいなと思うし、また『それ町』とも『天国大魔境*』も違う何か、うすぼんやりと今考えたりもしています。まあ『天国大魔境』が終わった後のテンションにもよります。」
『それ町』や初期の短編集を読ませていただくと、あらゆるジャンルを描かれている印象があります。
「多分、藤子不二雄先生の影響だと思います。不二雄作品にはいろんなジャンルが混在しているじゃないですか。こどもの頃から漫画家はいろんなジャンルのものを描くのだと思っていたので、一つのカラーに染まらなかったのだと思います。ただ毎月ネタに困っていたということでもある(笑)。必死でした。一話読み切りはつらいんですよ。毎回一つの話を考えてオチをつけなきゃいけないし、お休みはくれないし。休みを作ろうと1本ストックを作ったら、2本同時掲載されました(笑)。」
最後に、読者の皆さんにメッセージをお願いします。
「僕自身が色んなところに住んでみて思うのですが、東京中を比べてみても下丸子はとてもいいところです。今日、久しぶりに町を歩いてみたのですが、またここに住みたいと思いました。それなので自信を持ってください(笑)。すごくバランスのいい町だと思いますよね。」
*起雲閣:1919年に実業家・内田信也が別荘として建てる。岩崎別荘、住友別荘と並んで「熱海の三大別荘」の一つに数えられる。1947年に旅館「起雲閣」としてオープン。和館の2階にある座敷「大鳳」は、文豪・太宰治が泊まった部屋として有名。1948年、起雲閣別館(1988年に取り壊し)にこもり小説『人間失格』を執筆した。
*天国大魔境:2018年から現在も連載中の作品。文明崩壊後の日本を生きる少年少女達にまつわる謎を描くSF漫画。2023年にテレビアニメ化された。
大田区立下丸子児童遊園にて
1977年福井県生まれ。2000年に『ヒーロー』でアフタヌーン四季賞秋の四季賞を受賞し、デビュー。2005年5月号から2016年12月号まで、『それでも町は廻っている』が『ヤングキングアワーズ』(少年画報社)にて連載。2010年にはTBSテレビほかにてテレビアニメ化された。ほかに『ネムルバカ』(2006〜2008)、『天国大魔境』(2018〜)などの作品がある。
主人公マチ子(松林さん)が弟の恋人節子(幽霊?)と別れたバーボンロードにて
ヘアメイク:高田知美、スタイリスト:根橋優太
蒲田を舞台に、一人の女優を軸に家族・仕事・結婚・ハラスメントなど、現代を生きる女性たちの諸問題をリアルに描いた映画『蒲田前奏曲』。2020年、第15回大阪アジアン映画祭において、締めくくりを飾る作品として上映され高い評価を得ました。同作品の主演、プロデューサーを務めたのが松林うららさんです。
DVD『蒲田前奏曲』(アメイジングD.C.)
俳優である松林さんが映画をプロデュースしようと思ったきっかけは何ですか。
「小学生の時から映画全体を見るというか、出るよりも作ってみたいという気持ちがあり、映画監督になりたいと思っていました。ただ、最初は俳優から入ろうと考えました。高校卒業後に事務所に入って、オーディションを受けて、落ちたり受かったりの生活でした(笑)。2017年公開の主演映画『飢えたライオン』*で東京国際映画祭やロッテルダム国際映画祭などの国内外の映画祭に参加する機会をいただいた。映画祭自体もその時が初めてだったのですが、多くの監督やプロデューサーと出会い、映画への取り組み方を学びました。俳優として待っているだけでなく、本当にやりたいことや表現したいことがあるなら、自分で作ろうと考えるようになりました。自分でお金を集めて、色んな人に声をかけて、映画製作してみようと思ったきっかけは映画祭です。」
映画祭では監督やプロデューサーとのコミュニケーションの機会が多くあるのですか。
「そうですね。俳優さんはもちろん大事ですが、やっぱり映画は監督のものであり、プロデューサーのものである部分が大きい。映画を作る側の人たちと触れ合うことで、映画をどのように作っていくのかを知ると共に、世界と繋がる映画を作ることに憧れを持ちました。」
『蒲田前奏曲/蒲田哀歌』のワンシーン
初プロデュース作品の舞台を蒲田に選ばれた理由をお教えください。
「やっぱり地元なんで(笑)。『じゃあ、自分で何を作ろうか』と考えたら、地元の蒲田を舞台にしようと。こどもの頃から蒲田が身近にありましたし、何より街として面白いと思いました。深作欣二監督の『蒲田行進曲』*も好きでしたし、たまたまですが『蒲田前奏曲』を作った時期が松竹キネマ蒲田撮影所の100周年記念の年でした。蒲田でマチ子という売れていない女優が色んな人と出会うことで面白い物語が生まれるはずだというのが始まりです。それで、私が一緒に組みたい監督たちと作ってみたいということで、オムニバスにしました。実は深作監督の『蒲田行進曲』は蒲田撮影所についての映画ですが、全然蒲田の街で撮影してないんですよね(笑)。そういった意味でも映画の中に蒲田の街を残したい気持ちもありました。粋で味のある街だと思っていたので、映画に残せて良かったです。」
かまたえん 「幸せの観覧車」の前で
ヘアメイク:高田知美、スタイリスト:根橋優太
蒲田の魅力について、思い出も含めてお話しください。
「こども時代は父に連れられて『かまたえん』の観覧車とかによく行きました。買い物をしたり、何かといえば蒲田でした。逆に地元だからこそ知らないこともあります。中学高校時代は正直ちょっと蒲田から離れていたのですが、この映画を作ることで、また地元蒲田の魅力に触れられたと思います。恥ずかしながら、私は蒲田温泉も知らなくて、シナリオを作るための舞台となる場所調べをシナハンと言うのですが、シナハンをしながらそれぞれの監督とバーボンロードやサンライズの商店街を改めて歩いてみて、『あっこんなところにラーメン屋さんがあるんだ』とか知らないところを知った感じです。何より、これほど画的に映画になる街だと再発見しました。」
実際にプロデュースしてみていかがでしたか。
「人をまとめることはもちろん、決断力とかもそうですし、資金集めからやりましたから、本当に大変でした。監督も4人いて、まとまりがないと言えばない映画なので、様々な大騒動、蒲田大騒動がありました。言えないこともいっぱいある(笑)。監督は当然一人一人こだわりがあり、作家さんですから大変です。プロデューサーは映画を最後まで持っていかなければならない立場です。私は俳優としても出ていましたが、4つの短編を1本の映画にまとめて、カラーグレーディング*や音を合わせたりしなければいけなかった。結果的に総合監督みたいな感じにはなっちゃいました(笑)。」
プロデューサーは作品が完成してからも大変ですね。
「完成して終わりではなく、映画祭に持って行ったり、映画館で上映しなければならない。宣伝もそうです。公開がコロナ禍の時期だったので、運良く映画館で上映できましたが、本当に大変でした。映画作りはとても時間がかかるし、制作の前後も含めたくさんの皆さんに協力してもらわないとできないことです。俳優とは違う達成感がありますね。映画が好きでこの業界に入ったし、自分でやりたいことを表現することの重みを改めて知りました。プロデューサーをやって良かったなと思います。」
ヤマサキタツヤ
ロケ場所はご自身が選ばれたのですか。
「監督と一緒に蒲田の街を回って、シナハンしながら脚本に落とし込んでいきました。蒲田という街とマチ子という女性を軸にして物語を繋げていきたいという思いをお話ししました。それぞれの監督にテーマを一つずつ考えて、それぞれにお題を出していく形で提案しました。『蒲田前奏曲』の撮影を通じて、若い頃とは違った視点で蒲田の街を見ることができたと感じています。渋谷や新宿とかに学生時代遊びに行っていましたけど、今は『あ、蒲田でいいんだ』という気持ちになっております(笑)。仕事の打ち合わせも蒲田です。結局、蒲田が一番落ち着くんです。」
最後に読者の皆さんにメッセージをお願いします。
「映画は街と人の記録を残していく装置でもあります。そういった意味でも貴重な存在です。『蒲田前奏曲』は色々なものが詰まっている映画ですので、地元大田区の方々にぜひ観てもらいたいと思います。配信やDVDで観ることができますが、機会があれば映画館でも上映したいですね。これからも俳優として、プロデューサーとして、監督*として、映画を作り続けられたらいいなと思っています。」
*『飢えたライオン』:2017年公開の緒方貴臣監督作品。
*『蒲田行進曲』:1982年公開の深作欣二監督作品。
*カラーグレーディング:色の明るさ、彩度、色相などを調整し、素材の色味を統一したり、映像の印象をより魅力的にする作業。
*松林さんは2024年公開の『ブルーイマジン』で松林麗として監督デビュー。
バーボンロードにて
ヘアメイク:高田知美、スタイリスト:根橋優太
1993年大田区生まれ。緒方貴臣監督『飢えたライオン』(2017)に主演。山中瑶子『21世紀の女の子』(2019)出演。『蒲田前奏曲』(2020)主演、プロデュース。『ブルーイマジン』(2024)で監督デビュー。現在、埼玉県幸手市を舞台に、長編映画の監督・脚本準備中。
今号の紙面で取り上げた春のアートイベント&アートスポットをご紹介します。ご近所はもちろん、アートを求めてちょっと遠出をしてみてはいかがでしょうか。
最新情報は、各問合せ先にてご確認頂きますようお願い申し上げます。
長野の池上直人・西村由美ご夫妻の吹きガラス作品展。今回のテーマは『花と遊ぶ』。春の草花をご用意しますので、錬星舎の花器に花を挿して楽しんで頂けたらと思っています。

| 日時 | 4月18日(土)~26日(日)13:00-18:00 休廊:4月22日(水)・23日(木) |
|---|---|
| 場所 | 東京都大田区田園調布本町2-10-1階 アトリエ木里 |
| 料金 | 無料 |
| 問合せ |
アトリエ木里 |
公益財団法人大田区文化振興協会 文化芸術振興課 広報・広聴担当
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