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広報・情報紙

大田区文化芸術情報紙『ART bee HIVE』vol.16 + bee!

2023/10/1発行

vol.16 秋号

大田区文化芸術情報紙『ART bee HIVE』は、2019年秋から大田区文化振興協会が新しく発行した、地域の文化・芸術情報を盛り込んだ季刊情報紙です。
「BEE HIVE」とは、ハチの巣の意味。
公募で集まった区民記者「みつばち隊」と一緒に、アートな情報を集めて皆様へお届けします!
「+ bee!」では、紙面で紹介しきれなかった情報を掲載していきます。

特集:大田ギャラリー巡り別ウィンドウ

アートな人:アーティスト・岡田裕子さん + bee!

アートな人:劇団 山の手事情社 主宰・安田雅弘さん + bee!

今後の注目EVENT + bee!

アートな人+ bee!

重苦しいテーマでも、なぜか笑ってしまう。そんな部分を持ちつつ制作していきたい。
「アーティスト・岡田裕子さん」

大田区にスタジオを構えるアーティスト・岡田裕子さん。絵画にとどまらず、写真、ビデオアート、パフォーマンス、インスタレーションなど、多岐に渡る表現活動を展開。肉体、ジェンダー、生命、死など、実体験から生まれたリアリティのある作品を発表しています。そんな岡田さんにご自身のアートについて伺いました。

アトリエの岡田さんⒸKAZNIKI

物心ついた時からずっと落書きしてるような子どもでした。

ご出身はどちらでしょうか。

「世田谷の奥沢ですが、幼稚園から高校まで田園調布にある学校に通っていました。実家も1ブロック先が大田区だったり目黒区だったりして、自分の中ではあんまり仕切りがない感じ。何より家族のお花見は多摩川台公園でした。美術大学時代は蒲田の画材屋によく行きました。里帰り出産で子どもを産んだのが奥沢でしたので、ベビーカーをひいて蒲田に行き、画材を山ほど積んで帰ってきたりした思い出もあります。」

絵を描き始めたのはいつ頃でしょうか。

「物心ついた時からずっと落書きしてるような子どもでした。昔のチラシは裏が白いんですよ。おばあちゃんが私のためにチラシを取っておいてくれて、その上にいつも絵を描いていた思い出があります。本格的にやり始めたのは小学校6年生の時。教えてくれるところはないかとあちこち探して、近所にゆかりのある近代洋画家の先生に学びに行っていました。奥沢とか田園調布とかあの界隈は画家が多く住んでいらした。」

真四角の世界(キャンバス)の中で油絵だけをずっとやり続けるのは本当の自分じゃない。

岡田さんの表現メディアは多岐にわたっています。自分の中で意識している部分はあるのでしょうか。

「絵はとても好きですが、自分が今まで夢中になってきたものは映画だったり、演劇だったり、いろんなアートでした。大学は油絵科ですが、周りの絵画のことだけ考えて作っている人たちとは、ちょっと温度差があった。真四角の世界(キャンバス)の中で油絵だけをずっとやり続けるのは本当の自分じゃないと気付いてしまったんです。」

高校時代は演劇部だったそうですが、現在のパフォーマンスやインスタレーション、ビデオアート制作と繋がりはあるのでしょうか。

「あると思います。中学高校の頃、夢の遊眠社などの小劇場ブームがあった。いろんな表現が混在した世界でビジュアルも新しく感じ素敵だなと思っていました。あと映画ですね、フェリーニ*が好きでした。映画の中に更にいくつもの構造があって、シュールなビジュアルがすごく立っている。ピーター・グリーナウェイ*やデレク・ジャーマン*にも興味を抱いていました。」

現代美術としてインスタレーション、パフォーマンス、ビデオアートを意識したのはいつ頃でしょうか。

「美大に入学して友達に『水戸芸術館が面白いよ』と車で連れて行ってもらったりした時期から現代美術を見る機会が増えました。その時、川俣正さん*を知って、『わあ、かっこいい。こういうものもアートなんだ。現代美術には色々な表現があるんだ』と知りました。ジャンルの垣根がないようなことをやっていきたいと思い始めたのがその頃だと思います。」

ジャンルがないものをやってみたいと思ったのはなぜでしょうか。

「他の人がやったことがないとか、毎回、ハラハラドキドキしながら作りたいという思いが今でもあります。道筋が決まり過ぎると飽きてしまう性格なのかもしれませんが。だからいろんなことをやっているのだと思います。」

『Hの顔』ミクストメディア (1995) 高橋龍太郎コレクション

自分自身に目を向けることが、社会と繋がっていくことだと気付いた。

岡田さんはご自身の体験を大切にした作品づくりをされていますね。

「美大の受験の時に自画像をむちゃくちゃ描かされます。なぜ自画像を描くのか、ずっと疑問に思っていました。鏡を置いて写った自分だけ見ながら描く、それがすごく苦痛でした。イージーかもしれませんが、卒業して最初にギャラリーで展示をする時に、世間に出るのなら、一番嫌なことをやってみようかと考えました。それでデビュー作は自分自身をコラージュしていくような自画像だったんです。」

嫌いな自画像を描くことによって、自分と対峙して作品を作っていくことを意識したのでしょうか。

「子どもの頃から、私は自己評価が低い人間でした。演劇が好きだったのは、舞台の上だけは別人というか自分と全然違う人間になれるところに快感を感じていました。美術活動で自分自身を作品化しようとしたときは、やはり苦痛は伴いますが、やるべきことだとも思った。私自身の自己評価の低さやコンプレックスは、世の中の人たちも共有していることかもしれない。自分自身に目を向けることが、社会と繋がっていくことだと気付きました。」

オルタナティブ人形劇団「劇団★死期」

誰にも見せないで、黙々とものを作る人のエネルギーがすごい。その純粋さに打たれてしまった。

オルタナティブ人形劇団「劇団★死期」についてお話しください。

「最初は人形劇団ではなくて、人形を作ろうと思ったんです。深夜のドキュメンタリーで、ウルトラマンが大好きで、怪獣の着ぐるみを作り続けている一般中年男性の特集を見ました。倉庫の中で一人だけで作り続けていて、奥さんも何をやっているのかと思っていたそうです。取材の方に『最後に一回ぐらい被ってみませんか』と言われて、そのおじさんが着ぐるみを着てとても楽しそうに『ガオー!』と怪獣になり吠えていた。誰にも見せないで、黙々とものを作る人のエネルギーがすごいなと思いました。その純粋さに打たれてしまった。アーティストは自己顕示欲が強くて、『やるぞ、人前で見せて驚かせてやる』みたいな感じがあって、それとは全然方向性が違う。それで、なんとなく無心で人形を作ってみようかなと、そこからの発想でした。会田さん*から『人形を作るんだったら人形劇をやったほうがいいよ。君は演劇をやっていたから劇作りは出来るでしょ』と言われたんです。それまで人形劇なんてやろうと考えたこともなかったのですが、やってみようかなと。」

普通に日々の生活で感じることを大事にしたいと思っています。

今後の展開・展望についてはいかがでしょうか。

「普通に日々の生活で感じることを大事にしたいと思っています。日常の中で何か出会いみたいなものがあって、自然にポンと入ってくる発想がある。計画的に、2年後、3年後、あれとあれを着々と作っていく、といった風には取り組んではいないのですが、振り返ると30年間作品を作っていなかった時期はなかった。自然に生まれる発想とそれを作りたいという渇望みたいなものを大事にして創作したいと思っています。若い頃から扱ってきた身体とか生と死といったテーマに、どこかで通底する作品作りがずっと続いている。そこは今後も変わらないと思います。これらはちょっと重苦しいテーマでもありますが、なぜか笑ってしまう。そんな部分を持つ美術作品を制作していきたいです。」

『EXERCISES』シングルチャンネル・ビデオ(8分48 秒)(2014)


『エンゲージド・ボディ』ビデオ、3D スキャン身体型ジュエリー、3D スキャン身体型ミラーボール
(「第11回恵比寿映像祭:トランスポジション 変わる術」東京都写真美術館 2019) 撮影:大島健一郎

大田区でアーティストの友だちが増えていくのも楽しい。

大田区のスタジオに移られたのはいつ頃でしょうか。

「おととしの年末です。移ってきてから1年半ぐらいです。2年前、会田さんが龍子記念館での展覧会*に参加した時に、このあたりを散歩していていいと思ったそうです。」

実際に1年半暮らしてみていかがですか。

「大田区いいですね、街も、住宅街も、落ち着くというか。結婚してからは引っ越しが本当に多く、なんと7回も引っ越ししたのですが、今は20年ぶりに故郷に戻ってきたような感覚です。」

最後に区民の方にメッセージを。

「子どもの頃から大田区に馴染みがありました。大きな開発が行われてガラっと変わってしまったというよりは、古いものは古いものとして残っているところもあり、じんわり時間と付き合いながら変化している印象があります。アートも、大田区内のコミュニティが育ち始めていて、草の根活動的に頑張っているように思います。今日もこれからKOCAに行ってちょっと打ち合わせをするのですが、美術活動を通じて、大田区でアーティストの友だちが増えていくのも楽しいです。」

 

*フェデリコ・フェリーニ:1920年生まれ、1993年没。イタリアの映画監督。『青春群像』(1953年)と『道』(1954年)でベネチア国際映画祭の銀獅子賞を2年連続受賞。『甘い生活』(1960年)でカンヌ国際映画祭パルムドール受賞。『道』、『カビリアの夜』(1957年)、『8 1/2』(1963年)、『フェリーニのアマルコルド』(1973年)で4度のアカデミー賞外国語映画賞受賞。1992年にはアカデミー名誉賞受賞。

*ピーター・グリーナウェイ:1942年生まれ。イギリスの映画監督。『英国式庭園殺人事件』(1982年)、『建築家の腹』(1987年)、『数に溺れて』(1988年)、『コックと泥棒、その妻と愛人』(1989年)など。

*デレク・ジャーマン: 1942年生まれ、1994年没。『エンジェリック・カンヴァセーション』 (1985年)、『ラスト・オブ・イングランド』 (1987年)、『ザ・ガーデン』 (1990年)、『ブルー』 (1993年)など。

*川俣正:1953年北海道生まれ。アーティスト。公共空間に材木を張り巡らせるなど大規模な作品が多く、製作プロセスそのものも作品となっている。2013年、芸術選奨文部科学大臣賞受賞。

*会田誠:1965年新潟県生まれ。アーティスト。主な個展に「会田誠展:天才でごめんなさい」(森美術館、2012年)。2001年に現代美術家・岡田裕子と谷中墓地で式を挙げ結婚した。

*コラボレーション企画展「川端龍子vs.高橋龍太郎コレクション 会田誠・鴻池朋子・天明屋尚・山口晃」:大田区立龍子記念館で、日本画壇の異端児・龍子の代表作と現代アーティストによる作品が一堂に会する企画展。2021年9月4日から2021年11月7日に開催。

 

プロフィール

アトリエの岡田さんⒸKAZNIKI

1970年生まれ。現代美術家。 多岐に渡る表現を用い現代の社会へのメッセージを投げかける作品を制作。 国内外で展覧会多数。主な作品に、再生医療をテーマとした「エンゲージド・ボディ」、男性の妊娠を描いた「俺の産んだ子」、音で体験する「誰もこない展覧会」など、未来予想的独特な世界観をチャレンジングな手法で展開する。アートプロジェクトも多く手がける。 <オルタナティブ人形劇団「劇団☆死期」>を顧問を会田誠として立ち上げ、主宰。 家族(会田誠、岡田裕子、会田寅次郎)のアートユニット<会田家>、コロナ禍の中始まったArt×Fashion×Medicalの試み<W HIROKO PROJECT>など。著書に、作品集「DOUBLE FUTURE─ エンゲージド・ボディ/俺の産んだ子」(2019/求龍堂)。 現・多摩美術大学演劇舞踊デザイン学科非常勤講師。

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地域回遊型アート展「あきがわアートストリーム」

2023年10月27日(金)~11月26日(日)

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作品上映:アートウィーク東京「AWT VIDEO」

2023年11月2日(木)~5日(日)

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Okada presents 「Celebrate for ME」

2023年12月26日(火)
神保町PARA+美学校スタジオ

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アートな人+ bee!

演劇は世界の見方、人間の見方を変えられる。
「劇団 山の手事情社 主宰・安田雅弘さん」

1984年の結成以来、演劇の現代詩とも形容される独自の舞台作品を発表し続ける山の手事情社。その精力的な活動は国内のみならず、海外でも大きな注目を集めています。2013年、大田区池上に稽古場を移転。2020年から始まった「馬込文士村 空想演劇祭」のアートディレクターでもある山の手事情社の主宰・安田雅弘さんにお話を伺いました。

ⒸKAZNIKI

演劇は儀式です。

一般の方にとって、演劇はまだまだ馴染みの薄いものだと思います。映画やテレビドラマにはない演劇の魅力とは何でしょうか。

「映画でもテレビでも背景をちゃんと用意しないといけない。ロケハンをしてセットを組んで、そこに俳優を当てはめていく。俳優はあくまでも映像の一部です。もちろん演劇にも背景や道具はありますが、実は無くてもいい。俳優がいれば、何もなくてもお客さんが想像力を働かせて、実際にはないものが見えてくる。それが舞台の力だと思います。」

演劇は見るものではなく、参加するものだとお話しされています。それについてお教えください。

「演劇は儀式です。例えば、お知り合いの結婚式があって、『ビデオで見たよ。いい結婚式だったね』というのはちょっと違う。やっぱり、式場に行っていろんな雰囲気を味わう。新郎新婦だけではなく、その周りで祝福している人々、中にはちょっと残念そうな人もいるのかもしれない(笑)。そういう生の雰囲気を全部味わうのが結婚式です。演劇も同じです。俳優がいて、俳優と観客が同じ空気を吸って、匂いも温度もある中で行なわれる。劇場に行くこと、参加することが重要です。」

『デカメロン・デッラ・コロナ』 撮影:平松俊之

「馬込文士村 空想演劇祭」は世界規模の演劇祭に発展していける。

馬込文士村 空想演劇祭のアートディレクターを務めていらっしゃいます。

「最初は通常の演劇祭としてスタートしたのですが、コロナ禍の影響で舞台公演ができず、映像配信での映像演劇祭『馬込文士村演劇祭2020 映像編 空想舞台』となりました。2021、2022年度も引き続き『馬込文士村 空想演劇祭』として映像演劇祭としました。 今年度は通常の演劇祭に戻すか、映像演劇祭として続けるか迷いましたが、今の形態のままがいいと決断しました。」

なぜ映像演劇祭なのでしょうか。

「莫大な予算があれば、通常の演劇祭にしてもいいと思います。ですが、ヨーロッパの演劇祭を見てしまうと、日本で行われている演劇祭は規模的にも内容的にも貧弱だと思うことが多い。映像演劇祭は、多分世界中どこでも行われていない。上手くいけば、世界規模の演劇祭に発展する可能性があります。『川端作品を演劇化するなら出られるよ。三島作品をやりたいんだったら参加できるよ』と言えるわけです。そういう意味で広がりが持てると思いました。お宅でしか演劇を観られない方、映像でしか見られない方もいらっしゃる。障がいを持っていたり、年齢が高くなったりとか、東京以外の地域に住んでいると、生の演劇はなかなか観られません。そういう方々に発信していく上でも、映像演劇祭がいいだろうと考えました。」

 

『おたふく』(「馬込文士村 空想演劇祭2021」より)

日本の演劇は、リアリズムとは違った様式を作ってきた。

山の手事情社では1990年代後半から、リアリズムとは一線を画す新たな様式的演技スタイルにチャレンジされています。

「30代で初めてヨーロッパの演劇祭に行きましたが、まあ、びっくりするわけです。規模の大きさだけでなく、上手い俳優がいて、それがとても厚い層になっている。日本で演劇をやっていると、自分たちはそこそこできていると思っていた。ところが、ヨーロッパの演劇状況を見て、リアリズム演劇では絶対かなわないと思いました。帰国してから、能・狂言・歌舞伎・文楽・商業劇を含むいろんな日本の芝居を観に行った。日本人が演劇をやっていく上で特徴とするものは何かなと考えた時に、やっぱり様式性なんです。一般的に言うリアリズムではない。皆さん勘違いされていますが、実はリアリズムもヨーロッパ人が作った一つの様式です。その様式に乗るのか、乗らないのか。僕が強く感じたことは、日本の演劇はリアリズムとは違った様式を作ってきたということです。『劇団の中で我々が取り組むべき新しい様式を作ろう』という話になって、以来実験を繰り返して、現在の《四畳半》と我々が呼んでいるような形になってきました。」

日本の伝統的なかたとも違う、山の手事情社独自の様式を見つけるということでしょうか。

「現在もずっと実験を重ねている状態ですね。演劇の面白さは、一人でやっていようが複数でやっていようが、舞台上に社会が見えてくることです。人間はこんな体をして、こんな風に振る舞っているけど、日常とは違う振る舞いの社会をでっちあげることができる。そちらの方が人間の深い部分が見えてくることがある。僕らが様式に惹かれる理由です。今、僕らが暮らしている社会、振る舞いは選択肢としてはone of themに過ぎない。150年前には日本人は洋服なんか誰も着ていなかったし、歩き方も話し方も全部違っていた。僕らは現実をすごく強固なものだと考えていますが、『そんなことないよ』と伝えて、社会をほぐしていく。柔軟にものを考えられるようにしていくのが、演劇の仕事の一つだと思います。『あいつら、何か変なことやっているな』でもいいけど、その変なことの先に、もうちょっと深いものを僕らは発見したい。わずかでも発見できたことを皆さんに観ていただきたい。世界の見方、人間の見方が変わる。演劇にはそれができると思っています。」

『かもめ』シビウ公演ⒸAnca Nicolae

日本で最高レベルの演劇理解の街にしたい。

演劇ワークショップを役者ではない一般の方に対しても行なっている理由はなんでしょうか。

「スポーツと同じで、体験すると圧倒的に理解が深まるからです。サッカーをやった人がみんなプロのサッカー選手にならなくてもいいように、俳優にならなくても演劇ファンになってくれればいい。ワークショップを体験するとしないとでは、演劇に対する理解・興味が100対1ぐらい違う。説明を聞くよりも何倍も理解されると思います。今、大田区内の小学校を訪ねて、ワークショップと観劇のプログラムを行なっています。全体90分で、初めの60分はワークショップをします。例えば、さりげなく歩いているけど、実はさりげなく歩くのがとても難しいのだと体験してもらう。ワークショップを体験すると、芝居の見え方が変わってくる。その後の30分のお芝居を食い入るように観てくれるんです。『走れメロス』は内容が小学生にはちょっと難しいんじゃないかと危惧していたのですが、全然関係ない、食い入るように観てくれます。話はもちろんだけど、ああこういうことを役者は気をつけて演技しているのだと、自分でやってみると楽しさと難しさがわかってきます。ワークショップは区内の全部の小学校でやっていきたい。大田区を日本で最高レベルの演劇理解の街にしたいですね。」

『千代と青児』(「馬込文士村 空想演劇祭2022」より)

プロフィール

稽古場の安田さんⒸKAZNIKI

1962年東京生まれ。早稲田大学卒業。演出家、山の手事情社 主宰。1984年劇団を結成。2012年、ルーマニア国立ラドゥ・スタンカ劇場の委嘱で『女殺油地獄[A JAPANESE STORY]』を演出。同年、フランス国立高等演劇学校コンセルヴァトワールでマスタークラスのワークショップの依頼を受け実施。2013年、ルーマニアのシビウ国際演劇祭で「特別功労賞」を受賞。同年、大田区池上に稽古場を移転。桜美林大学非常勤講師。

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馬込文士村 空想演劇祭2023 作品上映&演劇上演

2023年12月9日(土)・10日(日)各日14:00開演

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今後の注目EVENT +bee!

今後の注目EVENT CALENDAR 2023年10~12月

今号で取り上げた秋のアートイベント&アートスポットをご紹介します。ご近所はもちろん、アートを求めてちょっと遠出をしてみてはいかがでしょうか。

注目EVENT情報につきましては、新型コロナウイルス感染症拡大防止のため、今後中止または延期となる可能性がございます。
最新情報は、各問合せ先にてご確認頂きますようお願い申し上げます。

おいしい道2023 〜 うつろう街、道で紡ぐストーリー 〜

 

日時

11月2日(木)17:00-21:00
11月3日(金・祝)11:00-21:00
場所 さかさ川通り
(東京都大田区蒲田5丁目21番から30番周辺)
料金 無料 ※飲食や物販などはそれぞれ有料です。
主催・問合せ (一社)蒲田東口おいしい道計画、蒲田東口商店街商業協同組合
oishiimichi@sociomuse.co.jp

 

蒲田西口商店街 2023 Christmas CONCERT ジャズ&ラテン

日時 12月23日(土)・24日(日)
場所 蒲田駅西口広場、サンライズ、サンロード商店街各所
主催・問合せ 蒲田西口商店街振興組合

詳細はこちら別ウィンドウ

 

お問合せ

公益財団法人大田区文化振興協会 文化芸術振興課 広報・広聴担当