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尾﨑士郎記念館とはのタイトル画像

馬込文士村の中心人物とされる尾﨑士郎が、1964年(昭和39)に亡くなるまでの10年間を過ごした家を復元し記念館としています。
士郎は1923年(大正12)に山王界隈に移り住み、『人生劇場』のヒットにより人気作家として不動の地位を獲得しました。

尾﨑士郎記念館は、士郎の旧居(客間・書斎・書庫・庭)を紹介することで、ありし日の馬込文士村のにぎわいを後世に伝えるため2008年(平成20)5月に開館しました。
緑多い閑静な地にあるこの記念館を新たな馬込文士村散策の拠点として、多くの方々にご活用いただければ幸いです。

尾﨑士郎(おざきしろう)の画像
尾﨑士郎(おざきしろう)

尾﨑士郎略年譜のタイトル画像

1898(明治31) 愛知県幡豆郡横須賀村(現吉良町)に生まれる
1916(大正5) 早稲田大学(政治科)に入学
1923(大正12) 上泉秀信のすすめで、前年知り合った藤村(宇野)千代と荏原郡馬込村中井1578に居を構える10月、
「凶夢」を発表。川端康成が高く評価する
1930(昭和5) 宇野千代と離婚。古賀清子と結婚し、大森山王に落ち着く
1932(昭和7) 大森源蔵ヶ原に転居。大森相撲協会を結成する
1933(昭和8) 上泉秀信のすすめで、「人生劇場」(後の「青春篇」)を「都新聞」に連載
1934(昭和9) 「続人生劇場」(後の「愛欲篇」)を「都新聞」に連載
1935(昭和10) 挿絵を担当した中川一政の斡旋で竹村書房より「人生劇場」を刊行。
川端康成がこれを絶賛するや一躍ベストセラーとなる
1937(昭和12) 川端康成「雪国」とともに、「人生劇場」で第3回文芸想話会賞を受賞
1954(昭和29) 伊東から大田区山王1-2850に転居(現在地)
1964(昭和39) 2月29日、大森山王の自宅で死去前日付をもって文化功労者として顕彰される